実績紹介 その2
観光客のタイプに合わせた観光情報のレコメンドと
地域の観光資源を発掘する仕組みのデザイン
:ホワイトリングバス株式会社
観光庁の「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」として採択され、2021年9月23日〜2022年1月31日に運行した無料観光バス「白山ろくシャトル」における実証実験の一つとして、バス利用者に対して一人ひとりの「タイプ」に合わせた観光情報をレコメンドするための枠組みのデザインを行いました。
さらに、レコメンドする観光情報を収集していくための取り組みとして、バス利用者が各地を観光する中で気になったものや興味を持ったものなどを投稿してもらい、それに対して地域の住民や専門家などからコメントや解説をもらい、それをコンテンツ化していくという仕組みのデザインも合わせて行いました。
タイプに合わせたレコメンド
まず、観光客のタイプ分けについての先行研究が多数紹介されている「旅行者行動の心理学」(佐々木 土師二)などを参考に、「マズローの欲求の階層(Maslow's hierarchy of needs)」を軸としたタイプ分けを、自分たちなりの解釈も含めつつ整理し、まとめていきました。
その後、インタビューなどのリサーチからレコメンドに使用する観光情報を集め、今回運行する「バスのルート」と「タイプ分け」の組み合わせに合致するレコメンド内容を埋めていきました。
さらに、それぞれのタイプの思考の傾向をもとに、「質問への回答からタイプの判定ができる仕組み」をデザインしました。質問の数が多ければ多いほど精度を上げることができますが、バスの中で手軽に回答できるようにするために、質問の数を8つ絞るという工夫もしています。
欲求の階層と教育観光
今回の実証実験の舞台となっている「白山ろく」エリアは、「白山ユネスコエコパーク(BR: Biosphere Reserves:生物圏保存地域)」の中の「移行地域(人が生活し、自然と調和した持続可能な発展を実現する地域)」としてユネスコに登録されており、また、「白山ろく」を含む白山市全域が「白山手取川ジオパーク」として「日本ジオパーク」に登録されています。
こういった背景から、単に自然を見て楽むような「受動的」な態度の観光だけではなく、「自然の保護」「自然との共生」「自然と共に生活する地域の文化や歴史」などについて、調べたり考えたり体験したりといった形で「能動的」に学んでいくような「教育観光」の場となることが求められています。
この「受動的/能動的」という視点を、「マズローの欲求の階層」に基づくタイプごとの旅行への態度について当てはめて考えると、「C. 交流を求めるタイプ」を境界に※、「A. 癒しを求めるタイプ」と「B. 娯楽を求めるタイプ」は「受動的」な態度、「D. 知識を求めるタイプ」と「E. 成長を求めるタイプ」は「能動的」な態度になっていることがわかります。
つまり、今回の実証実験では「D. 知識を求めるタイプ」と「E. 成長を求めるタイプ」を主なターゲットとして、「自然の保護」や「自然との共生」などについて学び、知識や経験を得て成長していけるようなコンテンツを提供することが重要になると言えます。
しかし、マズローによれば、ある階層の欲求を満たすことで、より高次の欲求が現れることになります。また、逆に、高次の欲求を持っていたとしても、(高次の欲求を持つことで、低次の欲求に対する耐性がある程度つくものの)疲労や空腹といった生理欲求が高くなれば、それらを満たすことが求められます。
つまり、より「能動的」に学んでいくような「教育観光」を実現するためにも、「生理的欲求」を満たすための環境の整備(トイレや宿泊施設など)、「安全の欲求」(安全、安定、安心を求める欲求。身体的安全だけでなく、心理的安全も重要)を満たすためのホスピタリティ(例えば、「笑顔」があるかどうかも「安心感」を与える重要な要素)、「所属と愛の欲求」を満たすために地元の人との「交流」ができるような場の設置(例えば、スタッフに質問や相談ができるような観光案内所など)といった、一般的な観光に求められるような要素の充実も重要になるということが、マズローの理論からも読み取ることができます。
特に、「受動的」と「能動的」をつなぐ場所に位置する「所属と愛の欲求」に対応する「交流」は、地域に対してより深い興味や関心を持ってもらうためのきっかけを作るための要素として重要なものになると言えます。
このように、「マズローの欲求の階層」の理論は、旅行者のタイプ分けをする指標となるだけでなく、「観光」のあり方を考えるための有効な手がかりにもなると考えています。
※「C. 交流を求めるタイプ」の欲求である「所属と愛の欲求」は、「誰かに構って欲しい」といった「受動的」な態度と、「誰かの世話を焼きたい」といった「能動的」な態度の両側面を合わせ持っています。旅行における「地域住民との交流」という文脈で見ても、「地域住民に声をかけられたらうれしい」といった態度から「自ら積極的に住民に声をかけて話をしたい」という態度まで幅があります。
レコメンド情報を集めることの難しさ
観光客の5つのタイプに合わせた観光情報をレコメンドするために、それぞれのタイプの「欲求」を満たすことのできるような観光コンテンツを探してみると、意外と難しいことがわかりました。地元の観光ガイドやホテルの代表などへのインタビューをもとに、それぞれのタイプに合わせたレコメンド情報をある程度は集めることができたものの、より多くの観光客の多様なニーズによりマッチするレコメンドをしていくためには、今まで知られていなかったような、より多様な観光情報を集めていく必要があります。
ただ、地元の人に「何か良い観光コンテンツは無いか?」と訊いても既に知られている観光情報以上の情報を得ることは難しく、また逆に、広く一般の人々に対し、「どんな観光コンテンツがあったら良いか?」と訊いたところで、その地域を知らなければ観光コンテンツを提案することは難しいと考えられます。
そこで、この両者の目線のギャップを埋めつつ、新たな観光コンテンツになりうる情報を集めていくための仕組みのデザインを行いました。
地域の魅力を「探究」する仕組み
今回の取り組みは実証実験のため、「白山ろくシャトル」は無料で利用してもらうことができ、また、テレビ CM や SNS での広告の効果もあり、多くの人(1日最大27人)に気軽に観光に来てもらえる状況ができていました。
そこで、このバスの利用者から、実際に各地を見てまわった中での「興味」や「気付き」を教えてもらうことができると考え、さらに、その興味や気付きを掘り下げる「探究※」を行うことによって、地域に眠る新たな観光コンテンツの創出ができるのではないかと考えました。
具体的には、「探究交流プログラム」と題して、バス利用者に「興味」や「気付き」をスマートフォンから投稿してもらい、それに対して地域の住民や地域の自然や歴史に詳しい専門家などからのコメントや解説をつけ、SNS(Twitter、Instagram、Facebook)および YouTube で発信し、さらにそれらに対するコメントなどのリアクションをもらうという、双方向性のある情報の流れを作りました。つまり、観光客と地域関係者が協力しながら地域の魅力を探究していくという仕組みです。
地元の人たちで自走できる仕組みを目指し、サイトの制作やSNSの運用、Youtube配信などは、地元の企業・大学・住民の方々が中心になって進めてくださいました。
※ たんきゅう【探究】(名)スル
物事の真相・価値・在り方などを深く考えて,すじ道をたどって明らかにすること。「真理を―する」〔同音語の「探求」は手に入れようとしてどこまでも探し求めることであるが,それに対して「探究」は深く考えて物事の真相・在り方などを明らかにすることをいう〕(「スーパー大辞林」より)
観光客と地域住民のより良い関係
観光客は旅行先でその地域特有の文化や風習などを目にしたとしても、それを誰かに質問したり調べたりすることは難しく、「何か珍しいものを見た」という程度の感想だけで終わってしまいます。
そのような状況に対して、気軽に「これは何?」と質問したり、あるいは質問にもならないような「なんとなく気になった」という程度のことでも投稿でき、その投稿に関連する情報や解説を簡単に得られるような仕組みを作ることができれば、そのやりとり自体が1つのコンテンツとなり、観光客(特にB〜Eのタイプ)の満足(B:わからないという不安の解消、C:地域住民との交流、D:人に自慢できるような知識の獲得、E:自分の成長のための思索)につなげられると考えられます。
なんとなくでも「気になる」ということは、その人にとって「普通ではない」ということです。その人のそれまでの経験によって培われた「普通」とは「どこかが少し異なる」ことによって「気になる」という感覚が生まれます。つまり「気になる」という感覚は、その人にとって「非日常」の感覚であり、また、同時にその背景には「なぜ?」という疑問が潜在しています。
「非日常」の感覚は遊園地のアトラクションなどに代表されるようなコンテンツの価値の根幹をなすもので、「B. 娯楽を求めるタイプ」はこの「非日常」の感覚を単純に「エンターテイメント」として楽しみます。一方「C. 交流を求めるタイプ」にとっては、この感覚の背景にある「なぜ?」が具体的な「質問」となり、地域住民との「コミュニケーション」のきっかけになります。そして、その質問への回答は「D. 知識を求めるタイプ」の知識欲を満たし、また、これら一連の体験は「E. 成長を求めるタイプ」の求める「成長」につながります。
つまり、「気になる」という感覚を投稿してもらい、その背後にある「なぜ?」を突き詰め、探究していくことが、さまざまなタイプの観光客のニーズを満たすような、地域に眠る「魅力」を引き出すことにつながります。
また、投稿に回答する地域住民や地域に関わる専門家としても、その知識や経験を活かして観光客に喜んでもらえるといった満足(所属と愛の欲求:困っている人を助けたい、喜ばせたい、承認欲求:感謝されたい、敬われたい、自己実現の欲求:専門知識を活かした自分ならではなことがしたい、など)につながります。
このようにして、観光客側と地域住民側の双方の満足につながる良い関係を、この「探究交流プログラム」の仕組みによって作ることで、観光客の投稿を出発点に地域に眠る「魅力」を引き出し、それを磨き、新たな観光客を呼び込み、また新たな投稿から、新たな「魅力」を見出していくという好循環を作っていけるのではないかと考えています。
具体的なやりとりを紹介
実際にバス利用者からあった投稿と、それに対する地域住民や地域に関わる専門家からの回答の例をいくつか紹介します。
[ バス利用者からの投稿 ]
タイトル:不思議な名前の書かれた木札
本文:この建物に限らず、個人宅でも表札の姓名とは全く関係がなさそうな名称の木札がかかっているのを何軒も見ましたが、これは何でしょう? どんな由来がありますか?
ペンネーム:甲斐小泉
[ 回答 ]
これは「屋号」。家の名前です。
昔は苗字がなかったんです。
明治になって苗字をつけたときも同じ苗字をつける人が出てきたんです。
いろんな山田さんがいてわからないから「屋号」で区別しようということになったんですね。
「さぶろ」というのは先祖に「さぶろ」さんというのがいたんだろうな。
ちなみに私の家は「はるまつ」と言います。
結構、日本にはあるんですが、白峰にはずっと残ってたわけです。
多分皆さんのところにも「屋号」があったはずです。
(白山しらみね自然学校 山口隆)
[ バス利用者からの投稿 ]
タイトル:水路からの放出
本文:白峰は水が豊富な町であると感じましたが、豊富過ぎてこんなふうに水を川に放出する必要もあるのですか?
ペンネーム:(無記名)
[ 回答 ]
白峰は水が豊富ですが、もっと豊富なのが雪です。
時には4m以上降りますが雪の始末をする場所がないんです。
じゃあ水で流してしまおうと。
これは川に雪を捨てるための道具ですね。
「
白峰に来たお客さんから、水の音がして晩寝れないと言われることがあります。
でもこの水の音がそのうち「ゆりかご」になります。
(白山しらみね自然学校 山口隆)
[ バス利用者からの投稿 ]
タイトル:切り立った山肌
本文:綺麗に色づいた木々の合間から覗く切り立った山肌から、自然の美しさと厳しさを感じます。
ペンネーム:かとう
[ 回答 ]
岩肌に紅葉があることがいいですよね。
山ってどんどん崩れるんですよね。
崩壊して岩肌が見えるんですけれど、そこに木が生えていい風景を作るんですよね。
特に中宮からホワイトロードにかけてこんなところが多いですね。
この辺りの岩は硬い岩なんですね。
火山の噴火で分厚く溜まって熱いうちにぎゅーっと押し込められたような硬い岩なんです。
なのである程度は耐えるんですけど、ガタンと落ちてこんな急な崖ができたりします。
(白山手取川ジオパーク推進協議会 ジオ博士)
[ バス利用者からの投稿 ]
タイトル:川の深さが急に変わってる
本文:なぜ急に深くなってるんだろう?深いところは流れも穏やかで色も綺麗。
ペンネーム:かとう
[ 回答 ]
淵と瀬が両方写ってるところがいいですね。
川には浸食・運搬・堆積という3つの作用があり、その連続の中で深いところと浅いところができ、川の流れがいろんな形で形成されていきます。
(東京大学 地域未来社会連携研究機構 北陸サテライト 坂本貴啓)
オーバーツーリズムから持続可能な観光へ
「オーバーツーリズム(Over Tourism)」とは、観光地に多くの旅行者が集まることによって地域住民の生活環境や自然環境に悪影響を与えてしまう状況を示す言葉で、世界的に問題視されており、日本でもこの問題を受け2018年に観光庁が「持続可能な観光推進本部」を設置しています。
今回の「タイプに合わせたレコメンド」と「探究交流プログラム」は、この「オーバーツーリズム」の問題を解決し「持続可能な観光」を実現することにつながる取り組みでもあると考えています。
「マズローの欲求の階層」の中の「安全の欲求」を強く持つ「娯楽を求めるタイプ」の観光客は「有名だから / 評価が高いから、きっと良いところなのだろう」といった「安心感」から、多くの人が集まるような観光地に行く傾向がありますが、全ての観光客がこのタイプというわけではありません。また、「娯楽を求めるタイプ」であったとしても、「有名な観光地」「評価の高い観光地」に行きたいわけではなく、単に「安心感」によってその場所を選んでいるに過ぎません。
問題は、ガイドブックでもインターネットでも「有名な観光地の情報」や「評価の高い観光コンテンツ」を見つけることは簡単にできても「自分にあった観光コンテンツ」を見つけることは難しい状態になってしまっているということです。このような状況が、有名な観光地をますます有名にし「オーバーツーリズム」を加速させることになります。
このような負の循環から脱するためには、「タイプに合わせたレコメンド」の仕組みによって「多様なニーズ」に合わせた「多様な観光コンテンツ」を紹介していくことが重要だと考えています。
今回の取り組みでは、「マズローの欲求の階層」をもとに5つのタイプに分けましたが、「探究交流プログラム」によってより「多様なニーズ」を知ることで、より詳細なタイプ分けも可能になると考えています。そして、この「多様なニーズ」に対応する「多様な観光資源」もまた「探究交流プログラム」によって見出していくことができます。
このような取り組みの継続によって「観光の多様性」を作っていくことが、「オーバーツーリズム」を無くし「持続可能な観光」を可能にすると考えています。
関係デザインからの参加メンバー
UXデザイン | : | 松本 悠美子、加藤 雄大 |
関係組織
株式会社スマートホテルソリューションズ
株式会社SAGOJO
株式会社ヨシタデザインプランニング
金沢工業大学
白山市観光連盟